病気は、身体の苦痛も大きいですが、

それだけでなく 精神的な負担も 患者さんやご家族に

大きくのしかかってきます。 

 

 

 

「医療行為」によって病気自体を治療すると共に、

精神面での癒しやサポートというものにも

もっと力を注がなくてはいけないと思うのです。

 

 

 

医療行為はお医者さんにしかできませんが、 

患者さんやご家族の笑顔・癒しにつながるような 

 

”こころのサポート”は、

 

気持ちがあれば 誰にでもできるはずです。

 

 

 

 

患者さんの闘病に役立つ、看病に役立つ、

 

 

便利だな~ 欲しいな~ 助かるな~ 

 

心強いな~ おもろいな~ と思って頂けるような

 

 

商品・サービスを考え、形にして お届けできるようになりたい。

 

 

 

 

そして、

 

闘病や療養中の生活が、少しでも明るく楽しくなるような情報、

 

病気だからこそ知っておきたい情報など

 

闘病療養者やご家族にとって役立つ情報発信も行っていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

大きな病気と闘った患者さんは、

 

退院できた後に、すぐ「社会復帰」という大きな壁にぶつかります。

 

生活・経済的な不安も大きく、

 

社会との関わりが途絶えていることにも

 

淋しさやストレスを感じます。

 

 

「働きたい」気持ちはあっても、すぐには働けるような体力がない。

 

または、難病のように生涯にわたり医療が必要で、

 

療養生活を余儀なくされる人もいます。私もそうです。

 

(難病になってしまったら、身体障がい者制度とは異なり障害年金のような国の経済的援助はないのです。

入退院を繰り返し・一生治療中・日常生活もままならぬ体力でも生きていくために稼がねばいけません)

 

 

 

 

 

病気になっても、

 

社会と関わり、人とつながり、

 

ささやかでも経済的に自立したいのです。

 

 

 

そんな療養者の「働きたい」を形にしたい!

 

インターネットを使ったお仕事をシェアすることで

 

在宅ワークを作り出せば、

 

 

少しだとしても、収入につながったり、

 

働く意欲を維持できたり

 

仲間ができたり、

 

将来への希望が生まれるのでは!!と思うのです。

 

 

 

そんな闘病療養者の就労、社会復帰の第一歩を目指す

  

アスモスマイルプロジェクトが2014年夏から

 

ゆるゆると動き始めました。

 

 

 

療養者の前向きな気持ちに応援よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

      よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

アスモスマイル プロジェクトを考えたきっかけは、

 

代表である私自身の長い闘病経験からです。

 

 

私は15歳の頃より 難病になり その後もいくつも大きな病気に見舞われ

 

現在も2つ目の難病とともに生きている 患者です。

 

 

2002年には、それまでの病気の治療薬が原因と思われる「薬剤性劇症肝炎」になってしまい

 

救命率たった1%ちょっと、という絶望的な状況に陥りました。

 

 

1分、1秒を 命がけで生きる。 一寸の油断もできない。 

 

そんな苦しい まさに「死闘」と呼べる壮絶な闘病生活を送りました。

 

 

 

その苦しみの中で 

 

「私と同じように、全国の病院の中には 

こんな苦しみに耐えて生きている患者さんがいるんだ」

 

ということに 気が付いたのです。

 

 

この気づき を 無駄にしてはいけない。

 

絶対 元気になってこの救命センターから抜けだし

 

苦しさに耐えている患者さんの役に立つことをしたい。

 

それが私の生きる希望になっていました。

 

 

 

やっと、そのときに誓った思いを 形にできる時がやってきたのです。

 

退院から長い歳月がかかりましたが、

 

その間に アイデアを蓄え 体力を培うことができました。

 

 

私を助けてくれた 医師やナースの皆さん 

 

そして 「私の生きる希望」に恩返しをするためにも 

 

 

いま闘病している多くの患者さんとご家族の役に立てるよう

 

誠心誠意 一生懸命 努力していきたいと思います。

 

        

 

 

 

私自身が患者だから こそ わかる「患者視点」を大切に、                                             

                    歩んでいきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 「わたし医療情報ノート」や「まもるカード」

            の内容を医療監修してくださったのは、

   

私が劇症肝炎になってしまった時に、

 

命を救ってくれた 当時の主治医 

救急専門医  中森 靖 先生(現:関西医科大学附属滝井病院救急医学科教授)です。

 

また、

小児用「こどもまもるカード」

                 の医療監修してくださったのは、

 

こちらも私が劇症肝炎の時に命を救ってくれた 

当時の担当医(中森先生の部下にあたります)

 

救急専門医 西山和孝先生をはじめとする

 

順天堂大学浦安病院こども救急センターの先生方です。

 

 

 

 

救急医療の現場の目で、監修してくださっています。

  詳しくはコチラのページにも≫

  ブログ記事にも≫

 

 

 

 

 

 

このアスモスマイル プロジェクトは、たくさんの方に支えて頂いています。

 

プロジェクトメンバーもじわりと全国に増えてきています!!!

 

 

 

本当に心から感謝しています。

 

これからもプロジェクトの仲間が増えていき、

 

ゆっくりとでも全国の患者さんに

 

笑顔の輪が広がっていくことを 心より願っています。   

 

 

 

 

 

1975年              大阪生まれやで~

      15歳  特発性血小板減少性紫斑病(血液の難病)を発症

          2週間~4週間に一度の通院を続けながら、普通高校に通学(体育は見学)

          私も母も難病になったことを受け入れたくない気持ちが強く、

          特定疾患(難病)の申請はしなかった。(だから毎回、すごく高い医療費でした)

 

      19歳  関西大学経済学部入学 ・・・学生時代は比較的体調が良く 通院も1ヶ月~3ヶ月に

      23歳  関西大学大学院に進学 ・・・もっと勉強がしたい

                          +就職して毎日通勤するのは体力的に難しい。

                          ということで進学。 毎日「環境税」の研究に励む

 

2001年2月 25歳  日々の努力の結果、成績優秀にて修士論文提出できたが その後すぐ 高熱が続き寝込む

             全身性エリテマトーデス(免疫の難病)を発症

             入院し、ステロイドパルスなど強い治療を行う 

                       ・・・退院後、自宅療養(大学院は休学)

 

2001年10月 26歳  ステロイドによる免疫抑制により 感染症(結核性胸膜炎)発症

                入院治療 大量に薬を使う     

 

2002年3月  26歳  関西大学大学院経済学研究科前期課程(財政学専攻) 首席にて修了(修士)  

                    

2002年6月  27歳  薬剤性劇症肝炎(難病) 発症  救急搬送

             大阪大学医学部附属病院 高度救命救急センターにて 

             救命率1%ほどの絶望的状況で闘病がはじまる

             脳死肝移植のレシピエント登録   ドナー出現したが、移植せず 奇跡の自力回復

    10月 退院   

                 

             自宅療養を続け、体力をつける

             家業の手伝いを行い 家の中でできる仕事やネットショップなどを手がける

             大学時代の恩師のご指導により執筆や大学の仕事をさせていただきながら、

            地球環境問題、生物多様性の研究を続ける

                

2011年3月  伊豆高原へ引っ越し(父、慢性腎不全が悪化したのをきっかけに家族みなの療養目的で)        

       

2013年 春  アスモスマイルをスタート